OTO
武満徹さんのエッセイ<「消える音」を聴く>より
「音というのは不思議なものだ。生まれては、直ぐ、消える。
そして、人それぞれの記憶の中に甦る。
音は消えてゆくから、ひとはそれを聴き出そうと努める。
そして、たぶんその行為こそは、人間を音楽創造へと駆り立てる根源に潜むのだろう。」
「音は消える。だが案外、人間は、その音の性質(本質)に気付いていない。
当たり前のこととして忘れている。」
「音は消えるどころか、私たちは、いま、目には見えないが、日々貯えられている厖大な量の音の堆積のなかに、埋もれて生活している。」
「音は消えずにいつも周囲にある(という、実は、錯覚に慣らされている)ので、
沈黙の偉大な光景を想像の内に再生することなど、もはや、きわめて困難なことだ。」
「音は消える、というもっとも単純な事実認識にたちもどって、もう1度、虚心に(音を)聴くこと
からはじめよう。
かならずしも、それは、容易なことではなさそうだが。」
武満徹、
遠い呼び声の彼方へ、1992、新潮社、pp31~33
「沈黙の偉大な光景」なんて言葉使える「音楽家」が
いったい何人いるだろう?